割と大好きな類の本(不定期)と、欲しかった能力を2年かけて身に付けた話

日記, 英語

こういう本まじで好き

久しぶりに紙の本をゲッチュした。届くのに時間かかりすぎて頼んだの忘れていたけど、紙で買ったということはその時の自分がよっぽど欲しかったということ。中身を見てみて納得した。確かにこれは自分が好みそうなものだ。なんていうか、300年後の教育が気になる系パースンとしては手に取らずにはいられない、俺好みのもの。

Education in a Time Between Worlds: Essays on the Future of Schools, Technology, and Society

こういう系の本が好きなタイプの人と友達になりたい、というのが最近の人生の目標の一つ。家に畑作るのと同じくらい達成したい。こういうのとかね:

The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money

こういう系の本好きだよ、って方いいねください。あとこれも結構お気に入りです。

なぜ日本は没落するか-岩波現代文庫

この3冊が割と自分の中でアツいので、AIさんそんな自分におすすめの本レコメンドしてくれ頼む。この3つに共通しているのは、現代の教育システムについてなんか議論(主に否定)していて、未来の教育がどうなっていくかみたいなところを喋っている。自分自身あんまり、現代の教育は好みではなくて、どうせなら300年後とかに生まれたかったなあ・・・とか思ってるクチなので、こういう本に出会えると、読んでる途中に著者にハイタッチしたくなる瞬間が何度かあったりして楽しい。

3つ目にあげた日本語の本はちょっと古いんだけど、一番目と二番目にあげたやつはかなり新しくて、ココ1,2年の間に出版されたと思う。俺自身あんまり古すぎる古典を読むのは好きじゃなくて、というのも(いわゆる)古典を書いた人は現代社会を知らないから、古い時代の人間の言葉を上手く使った上でそれを現代社会の知識を持った人間がなにか書いているという方が楽しくて、新しめの本を狙っている。今同時代を生きている人間の話を知る方が楽しい、自分もそこにいますからな。とくに,PhDとかとって数年とか,そういう人が書く本は最近狙い目な気がするわ。

ただ、そういう現代を生きる人が古い人間の言葉をたびたび引用していて、本質は変わりないんだろうなということはビシバシ伝わってくるから少しはよんでおくかとかは思ったりするが、それなら現代人の解釈から引っ張ってきている方を読んだ方が面白いため、やはり新しめの本を探る。アマゾンのおすすめシステムまじ神。

本を読むって言っても、別に知識を身に付けたいとかそういうのよりも(もちろんそういう場合もあるけど、その場合はなんか本を読むというより情報を取得するという言葉を使うかも)、この場合は共感を得るというのが目的だから、こういう感じの選書(偏る)になる。とくに、自分がいま現代の教育課程の真っ最中にいるため、こういったことに関心があって、同じような関心を持つ人の意見をみたくなるんだろう。そういう人、みんなPhD持ってる気がするけど気のせい?少なくともあの3つの本は全部著者はPhDホルダーですね・・・はい・・・。まあわからんでもないけど・・・。

最近感じた少し悲しいこととして、大学の先生って大半がこういう系(上の3つの著者側)の意見を持っていたりするのかと思っていたんだけど、全然そんなことはなかったのがなんとなく分かったこと。そもそもあんまり関心なさそうなのか、あんまり疑問を持ったことがないのか、なんなのか、わからないけど。何度も言っている気がするけど、研究頑張っている人が単一の数値指標(講義界隈でいえば例えば出席の0 or 1とかGPAとかああいうのですわな)についてあまり疑わず・断らずに使いまくっていたりするのとか見ると、あれ?まじでか。とか思ったりしていたんだけど、実際のバリバリの研究でもp値がどうとかいって適当なこと言ってる人が多いという話を聞いて、あ・・・とか思ったよな。人類の限界を感じなくもない。

合計で言うと中学校からやってるわけだから、8年。でもまあ言って実質4年。この目標立ててからは2年。

話はそれるが、英語でこういう類の本が読めるようになったのは自分的に、嗚呼、ついに来るまでこれたなという気持ちになる。もともと、目標としては大体の本を読むのに困らないくらいの英語力があればいいなとか思って、学部一年くらいからちびちびと活動していたんだけれども、2年とちょっと経過したくらいでだいたい計画は達成できたんだなと・・・。素直に嬉しく思います。あと、この英語という能力と相まって少しの数学へのリテラシーとコンピュータへのリテラシー、さらになにより「論文を読む」という活動が自分の中に少しずつ身に付けられたのがとーっても大きく嬉しい。なぜ嬉しいかっていうと、なんでこうなったの?みたいに疑問に思ったことをとことん原典まで辿ることができるから!パソコン能力と英語力と、論文探索への親和度が高まれば、情報収集っていうのは相当なところまでインターネットで出来る。これ、なかなかたのしい能力だ!わーい。原典まで辿るなら古典嫁よと思われるかもしれないが、読もうと思えば読めることが大事。ただそこまでいくと英語とかあんま関係なくなったりするけど。

しかし、英語を身に付けて取れる情報の世界が変わったと思うと同時に、世界にめちゃめちゃまだ言語があって、このレベルの読書とかができて情報収集できるようになるまでに言語を身につけるには、かなりintenseに取り組まないといけないよなとおもって、まだまだこの視点だけでも遊べる余地がいっぱいあって世界は広いなと思う。語彙力を身につけるのには時間がかかるからなあ・・・。もう一個そろそろ本気で取り組んでも、英語とかはあまり減衰しないレベルまで来れたと思うから、いっちょ頑張ってみたりするかなあ・・・とか思う。現在の日本語・英語くらいのレベルで本とか読めるようになるような言語を増やしたいという思いがある。

いや実際、一番上の本とかたぶんまだ翻訳されてないし、翻訳されてないということは英語が読めなければ出会えてなかったということだよ。で、読んでて著者にハイタッチしたいくらいの気分になれたからね。もっと他の言語も探したいけど、それを達成するために要求されるのは、日常の単調な反復作業だから、つらい(T . T)。脳みそ作ったやつでてこいよ、しばくぞ。