社会でやりとりをしていくの難しい問題

バイトをはじめて,社会と(お仕事的な意味で)ちゃんと関われるようになって,なんとなく感じたことを書き記しておく。どんなお仕事かとか,何しているのとかそういうことは書かない。抽象的なお話のみにとどめます。No offence.

まず,基本的に社会でやりとりをしていくには,お金が絡むことになる。お金を絡ませるためには,キチンと契約をして,何かを提供したりすることによって,お金を得るというのが基本。今まで学生だったので(今もだけど),このやり取りの中で少しでも実感がある部分は,何かを提供したりするっていうところにおいての,その何かを作るっていうところだと思う(特に工学系の学生なので)。そこで,当たり前すぎてわろすなことではあるが,何かを提供したりする際に結ぶ,会社と会社,つまり人と人との契約っていうところの視点が,経験もなければ知識もないので薄かった。しかし,お金をやり取りする際にはこの契約って部分は必須であるし,なんなら受注生産っていう形であれば,こっちがもの作る前に相手の要望を聞いて契約とって,そこからもの作り始めるみたいなとこもあるわけだ。逆に,こちらが頑張って作った,既に自分たちが持っているものを相手方にアピールして,契約して売りに行くっていうムーブも当然ある。

で,問題になるのがどこかというと,ものを契約しに行く人と作りに行く人は異なるっていうところだ。これも,なにいってんのおまえ当たり前すぎてわろすな感じではあるが,実際のところ,この部門の間の距離感を調節していくのってかなりムズイのでは,と思うのであった。当然ながら,ものを作る技術とそれを他所へ売り込んだり案件を取ってきたりする技術は別であって,どちらもやっていく人材っていうのは基本的にはレアで難しいと思う。っていうのも,規模が大きくなればなるほど分業化は避けられないし,営業に飛び回るなら四六時中開発マンになれるわけもなく,逆も然りで,四六時中開発マンするならば,営業に飛び回ることは難しいからだ。ただ,そうやって開発と営業が少し離れてしまうと,例えば開発マンのものづくりへの認識と営業マンへのものづくりの認識が少しズレて,技術的に大変な案件を取ってしまったりしてしまう可能性が出てくる。そうなると,開発マンにとってはかなりのチャレンジングな状況に置かれる(できるか・できないかわからん)ことになってしまう。一方で,開発マンが椅子に踏ん反り返って開発できているのは営業マンが案件を取ってきてくれているからであって,もし売る人いなければ自分で売るか,さもなくば爆発というところになる。つまり,開発マン側からは,売ってくれている営業マンのおかげで生活できている(開発できている)のにも関わらず,彼らのやっていることを理解できていないっていうところが少なからずあると。(実際自分が具体例あんま書けないのがその証左である)

短期的には別にそれでも凌げるかもしれないが,それが長い間続くとお互いにツラみが増して行くのは想像に難くないと思われる。前触れもなく急激に何かが爆発するっていうよりかは,じわじわとどくどくが効いてくる感じだと思う。(まあこのあたりは適当なこと言っている)それもこれもまとめると,お互いの情報共有の不足,お互いの認識不足に尽きるっていうことになる。

これは,状況として絶対発生してしまう(分業が進めば進むほど,互いの分野が専門知識化して情報の共有しにくくなる)ので,絶対になくすっていうのは難しいというか無理だと思う。じゃあどうすればいいかっていうと,こういうところへの対処の仕方とか,こういう問題が生まれ得るよ,気をつけようよみたいなことを明確に文書化なりして考え方を持っておくというところが第一歩だと,自分は思う。そこで難しいのが,例えば開発マンであれば,なにかのものの作り方を技術的な資料としてまとめておくのは日常茶飯事であって,しっかりと自分の考えを文書としてまとめていると思う。営業マン側でも営業の際のコツみたいなのは文書化して(本読んだり)まとめていることは多いと思う(こちらに関しては自分がわからん)。

ただ,そういった習慣が個々の部署に根付いていたとしても,それでも,こういった分野間をつなぐある種メタ的な資料っていうのはなかなか作られ辛いっていうような感じがする。そこらへんの基準づくりというか,どう明確にルール作りをしていくかというところに,組織やっていくうえでの難しさが垣間見える感じがした。っていうところでさすがだなと思ったのはやっぱりあのGoogle様で,ちゃんとこういうところを文書化して持っているんだよね,あの組織は。外から観れるもので言えば,例えば,Google re:WorkGoogle Work Rules!などがある。おそらく社内にもっといろいろ持っていると思う 。

そして,個人的にはこういうGoogle様のやっているようなことは,しっかりとした組織を作る上でかなり重要と言える位置にあるのではないかなと少し思っている。そう思う理由がなんでかっていうと,根本的にそもそも人間は記憶力がしょぼしょぼのしょぼなので,外部にちゃんとした記録やデータを持って置かないと,まともな議論が出来ないっていうところに集約される。とりわけ,自分が普段慣れ親しんでいないような概念や考え方ならなおさらで,人のワーキングメモリーなんてゴミッチョなので,そういうときにこそこういう文書化とか,メモリのアウトソーシングは必要なのだと思う。

つまり何が言いたいかっていうと,文書書いて記録せえ,絵とかも書いて分かりやすいように視覚化せえ,情報をアウトソーシングして脳みそを信じるな,というところ!なんか,ズレた。 でも,社会でのやりとりっていうのはつまり人のやりとりで,脳みそのやりとりだから,基本方針としてはいいような気がしている。(基本方針:Do not believe your brain!)